Satoshi Kojima @skoji@sandbox.skoji.jp

人差し指だけでキーボード打鍵するとビルゲイツ気分に(ただしたぶんすごく速い

マックは学生気分だけど、朝マックでフィレオフィッシュを食べる場合に限りビルゲイツ気分だから

京都行くとふたばの豆餅必ず買う

つぶあん好き
豆大福好き

みんなはこしあん派?つぶあん派?

物語を聞くとき、頭の中に脳内ツッコミ委員会とアラビアンナイトの王様があらわれる。
ツッコミ委員会がざわついても、王様が「ほう… それから?」と続きを促す限りは楽しめる。
けど王様が「もうええわ、次の人どうぞー」になっちゃうとダメで、低評価になりがち。
…みたいなのないですか?

感情移入しようがないくらい異質な者/物が描かれている作品にも、(小説にかぎらず)魅力的なものがけっこうあるよなー。

ああ、なんかよくわかんない文章になってる、

私の書く作品は感情移入してもらえるような作品じゃないけど、
私自身は好きなものを好きなように書いている、ってことです

多くの人が感情移入できない(ような)キャラクターとか身近じゃない設定とか好きであります

私自身は作品が「あるある~」って思ってもらえないで「ねえよ……」が多いみたいなのがよくないな~とも思うけど、むしろ「そんなやついねえ・そんなことは無い」ってのが面白いな~と思ってしまうのもあって、自作もそんな感じになってるかな(自分が面白いと思うものを書いてる)

伊藤計劃氏の小説もだいすきだけど、全キャラとシチュエーション、人工筋肉や機械にも感情移入しつつ、「感情移入できるから面白いと思っているわけではない」のだ

正直なところ私はなんにでも感情移入できるタイプで、物だろうが事案だろうが自分と混ぜてしまえるので、感情移入できないっていう状態がよくわからないところがある

つまり他と自分との区別があまりないので、制御できず流れ込んでくるときは疲れているので意識して壁を作るようにしている

これはもしかしたら「物語の中でだけでも幸せでありたい」とかの願望が強くなってきてるからかな…? BT

「感情移入できること」は小説に必須の要件じゃないのだけど、なんか最近は優先度高めにおかれるだけでなく当然必要っていうひとが増えてきた気がするな

世界に発信! って言ってたよね20年くらい前HTML手打ちして

一部の人間(私含む)には大喜利欲とでもいうべき欲があるのではないかという洞察